時の双子 ティル編
長い髪をぱさりと払いながら鏡台を覗く。
開け放たれた窓からは、朝を告げる小鳥の鳴き声と、少し肌寒い風がピンクのカーテンを揺らして入ってくる。
鏡の中には少し気の強そうな顔立ちの、16歳の少女が見える。少女は鮮やかな緋色の髪を二本に束ね、ツインテールが横から出るようにお気に入りの布で頭を覆い、落ちないように首元で小さく結んだ。服は頭の布とお揃いの糸で織られており、左右の袖は長さがちぐはぐだった。下はふんわりとしたバルーンパンツ。少女の兄は「女の子なのだから、もっと可愛い服を着たらどうか」と持ってくるのだが、いつも少女は自分の動きやすいように改造してしまうのだ。
「これでも気を遣ってる方なのに……。分かってないのは兄さんの方よね」
少女の名はティル・フィデリオ。
ナヴァグラハの最北に位置する国、ラーフ国に仕える騎士の家柄の末娘だ。3人の兄はみな真面目で正義感が強く、古くから王に重用されてきた、フィデリオの名に恥じぬ優秀な騎士である。しかし、末妹のティルには騎士としての才能が無かった。運動神経は悪くない。単純な力比べや体力比べなら、同年代の男の子にも引けは取らない。しかし、こと武器を用いた模擬試合となると、てんで駄目になってしまう。
兄たちは「ティルは女なのだから気に病むことはない」と言うが、彼女の中の騎士道精神がそれを許さなかった。何より、ティルはこのままぬくぬくと、普通の娘のまま一生を終えることはないだろうという自信があった。
(だって夢の中の私は、もっと輝いていた)
誰にも話したことはない。きっと馬鹿にされるだろうから。しかし、ティルには毎夜見る不思議な夢が、唯の夢だとは思えなかったのだ。それに、今日の夢はいつもと違っていた気がする。
鏡の前で身だしなみを整えたティルは、緩く曲がった木の階段を駆け下りる。少しばかり軋む音がするが、国一番の大工の建てたこの家は、ラーフの寒い気候でも暖かく頑丈にできている。
階段を降りる途中から、パンやソーセージの焼ける良い匂いが漂ってきていた。
「おはよう! アルヴァ兄さん!」
「やあ、おはようティル。 今日の天気のように晴れやかだね」
キッチンへ顔を出すと、一番下の兄アルヴァが朝食の準備を終えた所だった。美味しそうに並ぶ二人分のパンとソーセージは、起きたばかりのお腹を刺激して物欲しそうにへこませる。
一番上の兄イーヴはラーフ第二騎士隊の隊長で、真ん中の兄エヴァも城仕えの優秀な騎士だ。勿論、目の前に居るアルヴァ兄さんも立派な騎士である。兄さん達は毎日の殆どを騎士の務めに費やしている為、家に居る時間は少ない。今日も二人の兄は朝から頑張っているのだろう。
「ふふ、今日はきっと良い事が起こるわ」
「それは良い。 何か予定でも?」
「離れ小屋のお婆の所に行くの」
「・・・・・・・・・・・・何をしに?」
唯でさえ取っ付きにくい顔に皺を寄せて、アルヴァはティルを睨んだ。
ティルが言ったのは、国境近くの辺鄙な場所に住んでいる呪い師のおばばのことだった。お婆はティルの知らない事、本当かどうか分からない不思議な話を色々と知っている。ティルはお婆と話をするのが好きなのだが、過保護な兄たちは、妹が得体のしれない魔女と会っているのが不安で仕方ないらしい。
ティルにとっても3人の兄は大事な存在で、良い子でいたいとも思うが、今日ばかりはやめることは出来ない。今朝の夢は何かの予兆のようだった。お婆と話さなくてはいけない。正体の分からない使命感の様なものが、ティルを突き動かしていた。
「少し、話を聞くだけ。アルヴァ兄さんはお休みの日なのね」
「・・・・・・ああ。相変わらず休日は困ってしまう。何をしたらいいのか分からない」
アルヴァ兄さんは手に持ったフォークで、ソーセージをコロコロと転がしてはつついている。無意識にやっているのだろう。上の二人の兄も同じ癖を持っている。この次の言葉は何となく予想できた。
「こんな時、兄さん達はどうしているんだろう」
兄たちの休日が被ることは滅多にない。でも私は騎士ではないから知っている。兄たちはこんな風にどうしようか悩んで・・・・・・。
「一人でいてもすることも無いしな。鍛錬でもしていよう」
こうやって色気のない休みを過ごしているのだ。妹の服装を気にするより先に、素敵なお相手くらい見つけてほしい。当番制で家事をしているから、どんどん料理の腕が上がってしまっている。
(騎士ってそんなに出会いの少ないものなのかしら? 適当な貴族でも捕まえればいいのに)
「ごちそうさま! そろそろ出掛けるわ」
「あ、ティル! 今日はヴァナ教の巡教があるから、街外れは騎士が少ない。気を付けて行くんだよ」
「大丈夫。 護身用のナイフもあるわ」
「そういう事じゃなくて……」
「行ってきまーす!」
お説教が始まりそうな様子を察して、食器も片づけずに外へと飛び出した。アルヴァ兄さんの小言は特に長いのだ。
外は朝の空気で満ちていた。角のパン屋からは焼き立ての良い匂いがしてくるし、向かいのおばさんには「おはよう」と声を掛けられた。何度も繰り返している日常だ。
そんな日常の隅に、いつもと違う光景を見つけた。路地と前の通りを行ったり来たりしている、貴族の娘が居たのだ。
「ハイジ。何してるの?」
「きゃー!!」
長く柔らかな亜麻色の髪。丸っこくてくりっとした赤い目。彼女はティルの一番の友人、アーデルハイト・フォン・オーベロンだ。
ティルはラーフの一般市民だが、ご先祖の偉業や兄の功績のおかげで、城へ何度か入ったことがある。ハイジとはその時に友達になったのだった。貴族の娘なのにお転婆で明るくて、同じように男勝りなティルとは気が合う。スカートのままで一緒に木登りをした時は、通りがかったハイジのお兄さんに仰天されたっけ。
ただ、普段はこんなに挙動不審でも、吃驚して尻もちをついていたりもしない。
「ハイジってば、悪い事でもしたの?」
「違います!」
ふわりと広がったスカートをはたきながら、続きを口にしようとして、止まる。
「あの、ティル……」
何かを決意しているような、強い瞳をしていた。こんな彼女の姿は見たことが無い。一体何があったんだろうか。ハイジは何度か言い淀んでは地面に視線を落としていたが、小さく深呼吸して、ティルに向き直った。
「わたくし、今日はお別れを言いに来たのです」
「お別れ……って、街を出るの? で、でも貴族がラーフから出るなんて……」
「スーリヤに行くことになったのです。ティルにだけは、言っておきたくて」
「……スーリヤって…………冗談よね?」
スーリヤはラーフよりはるか遠く、南に位置する国だ。私は行ったことは無いが、スーリヤン(スーリヤに住む者)は野蛮で粗暴、自分勝手な酷い連中だと教わった。そんな事はラーフに住む者なら誰だって知っている。
だが、ハイジの顏は冗談を言っているようには見えない。
「ごめんなさい。ティル。それでも、何も言わずに行くのは嫌だったのです」
聞きたいことはいっぱいある。でも、今は何を言っても、彼女はスーリヤに行ってしまうんだろう。だって、ハイジは私と一緒ですごく頑固者なのだから。それなら、私のするべきことは一つだけだ。
「ありがとう。ハイジ。ヴァナの剣の加護のあらんことを」
作ろうとした笑顔が崩れて、寄りかかるようにハイジを抱き締めた。
ヴァナ教の信者でも無い私が、こんな時だけ頼るなんていけないのかもしれないけど、祈らずには居られなかった。
どうかヴァルナ様、彼女の炎を御守り下さい――。
++++++
メモ代わりに
春アニメ
・ガンスリンガーストラトス 4月4日
(保志さん)
・アルスラーン戦記 5日
・SHOW BY ROCK! 5日
・攻殻機動隊ARISE 5日
・ミカグラ学園 4月6日
・シドニア 4月10日
・ニンジャスレイヤー 4月16日
(見ようぜって言われる)
・えとたま(干支魂)が気になるw
デジモンアドベンチャー tri. 2015春
天花―あとがき
天花・・・・・・天の花嫁
知らなくても問題ない! 知ってるとちょっと得!?
裏話コーナー!! <わーわーどんどんぱふぱふ〜
大分と間あいちゃったけど、ちょっとぽろぽろと。
予定無いから言っちゃうと、ラックの本名はラウス。
ラテン語で灰色を意味するravusです。
どちらにも傾かない、公正な生を歩みますようにと名付けたとかなんとか。(覚えなくていい)
ラウス
→ラック(物心ついた頃)
→アージェント(転機)
・・・・・・マーリン(放浪、様々な偽名を使う)・フール(アリオンの街で魔術の発展を促す)
→ウィアド(リオス命名)
名前でどの時期の話か大体分かるというw
イヴ様は今もアージェントとかアージュって呼んでますが。
娘を騙すシーンではフロージって名乗ってますね。これはこの時限りの偽名です。こんなことばっかやってたから、名前を捨てることに何の躊躇いもないと(笑)
彼が初めて大事だと思った名は「アージェント」
あいうえお順で全部の名前考えたろかーと思ったこともあったけど、思い付かなくて止めた。
イヴだからアダムか、とも思ったけど始まりのヒトではないしなーとこれはボツに。
イヴにも色んな名前があって、「ルソル」とも呼ばれてます。
「アージェ」「イヴ」が夫婦間の呼び名で、その他が実際呼ばれる名前・・・・・・って感じw
なんで、現在視点で二人を呼ぶ時は「ウィアド」と「ルソル」でお願いしますー。
え、覚えられない?じゃあ、ルソルさんは黄金竜とかウィアドの嫁でいいよ!←
腐れ縁切ったとか言ってるけど、ダグは生きてる限りはなんやかんや振り回されてたんじゃないかな。
ダグの名前は適当。
・・・・・・に考えたつもりだったけど、「ダグ(Dagr)とは、北欧神話で「昼」を意味する神。」・・・・・・無意識に北欧神話ネームにしちゃう私ってwww
多分ダグラスとかいう名前だと思う。つよそう。
裏話ですが、黄金の森のあった村には二人と仲良くしてた子が居て、素朴で引っ込み思案な村娘です。で、その子はラックが好きなんだけど、森での出来事以降、ラックはイヴ一筋で周りが見えなくなっちゃうので(笑)
なんやかんやあってダグと一緒になるっていう。入れにくくなって書いてないんですが、そんな話があるんです。村娘の名前は「ノート(Nótt)」かなw
初めて言葉に詰まるシーンの為にペラペラ喋らせたり。その時の必要に応じた役柄にハマる為に、一人称ころころ変える話し方させたり。
演出的な面でもキャラ設定してる……と見せかけて殆どが趣味という。
てか、ダグはどんな本見せたんだろうね。某って(笑)
ダグは死ぬなよって心配してんのに、次のシーンでラックはしぬしぬっつってダグの愚痴いってんのが、この二人なりの友情(笑) 何気に好きなシーンです。
私は「死ぬ」って言葉を例え物語中でもあまり書きたくないんですが、この話では必要だと判断して入れてます。
別の話だけど、実瑠も千尋やまもっちに言ってないし、サクレ氏も(意味的には同じこと言ってたりするけどw)死ねとかは言って無いはずです。ここはちょっと譲れない所。
魔術師オーフェンシリーズのボルカンの「○○で○○し殺す」のセリフシリーズが好きで、バリエーション豊かな物騒なセリフはどんどんやればいいと思う(笑)
「カレンダーで日めくり殺す」とか、遠足待ち望んでるみたいで和みそうになるし。
「雨漏り屋根を修理し殺す」て優しいのか酷いのかどっちなんだよ!やっぱ殺すのかよ!みたいなツッコミ入れたくなるし。言いだすと全部ツッコミ入れれるのでキリないんですがw
うん。やっぱりオーフェンのセリフ回しは素晴らしい。
短編集の無謀編でいいから、一度読んでいただきたいッ!
レギュラー陣も十分異常なのに、ゲストが毎回それを軽く上回るアレな人ばっかなんだもんな…。
脱☆線
樹の生き物はうごメモで描いたことあります。
覚えてる人は居ないと思いますが!w
「毒吐く」での木こりに恋をした毒を吐く樹。彼女(?)らは独自の精神世界で繋がっており、記憶や経験を共有してるのです。でもそれは「知識」としての共有で、感情は個体が実際に直面しないと理解できないので、ラックの言葉で唐突に理解してしまいそうになって混乱したと思われます。
何気に気に入ってるので、また森に入り込んだヒトを驚かして欲しいなとw
こっちは気付いてもらえたかな。
鳥の森の妖精ちゃん。
フィヨルドランドペンギンのエトルちゃんです(*´▽`*)
ルソル様の泉の近くには「緑の国」という、ペンギンの王国があるんですね。で、そこの門番がエトルちゃんなのです。ふふふ。
ちなみにこの森は、現在のスーリヤから北に行った所の森です。この森の手前辺りに賢者の塔が建ってる。
でもってこの話をマルチエンディングにして、ややゲーム的にしたものをウディタで作りたいなと。今年はこれ頑張りたいです!いや、頑張る!!
どんなエンディング入れるかとかは大体考えた(´-ω-`)
天花ー毒吐く樹精
前回までのお話
旅をしながら行く先々で詐欺師の真似事をしていた青年ラックは、古くからの友人であるダグに借金を返すために裕福な娘を騙そうとしていた。しかし、娘の屋敷に賊が侵入した事で予定が狂ってしまう。困った男が取った選択は――財宝の噂のある「黄金の森」だった。
http://d.hatena.ne.jp/rindou-uyu/20140906/1410017578
ぐうぅぅうぅきゅるきゅる……
「…………うぐぅ……」
助けを求めるような切ない音の後に、抑え気味の唸り声が漏れる。
人っ子一人見当たらない、薄暗い森の中。たった一人で幹にもたれ掛かっているというのに、何故だか周囲に響く腹の虫が恥ずかしい。聞かれたくないのではなく、聞きたくないのか。音を聞いてしまえば、嫌でも自分が空腹状態で迷子になっていると認めなくてはならないのだから。
時折聞こえるギャアギャアという鳥の鳴き声が、一層この森を不気味に思わせる。
「もーだめだ。しぬ」
一人になるとヒトの声が恋しくなるのだろうか。一度もれてしまった独り言は、穴の開いた水袋のようにぽつぽつと、次第に流れるように噴き出した。
「あいつも飯くらい持たせてくれたらいいのに。俺なんか野垂れ死ねと思ってるに違いないな。なんて情の薄い野郎だ。毎日のように金、金、金。ヒトとして恥ずかしくないのか」
現状への辛さは友人に対する不満へと変わった。
喉は渇ききっているし、腹には穴が開いているのではと思うくらい気持ち悪いが、意外と元気なのかもしれない。
今までずっと、お世辞にも裕福とは言えない暮らしばかりしてきた。
居候させてくれるというヒトには幾度か出会った。その地で田を耕し、種を蒔き、清貧に徹した生き方をする道もあっただろう。だが、ラックはここぞという所で勝負に出て、浮き沈みを繰り返してきた。
富や名誉、というよりは半ば意地に近いものだったが、行動原理の大半はラックがそういう気質だからという面が大きいのかもしれない。
そんな、平穏を求める者からは敬遠されるような道を歩んできた彼に、ダグだけは何故か毎度付き合ってくれた。見放されたことは何度もあったが、最終的には手のひら分くらいは助けてくれる。
ラックも変わっているとは思うが、同じくらいにダグも変わり者だとラックは思っている。
「金か。金さえあればこんな所来なくて済んだのにな。命は金で買えないんだ。
誰だ。こんな危険な事しようって言った奴は・・・・・・。ああ――死ぬならお菓子の家で死にたい!」
ラックとは対照的にがっしりとした幹に体を預ける。両目を閉じれば、そのまま寝入ってしまいそうになる。
「ヒト……」
瞬間、聞き逃してしまいそうな程に小さな音が耳に入った。最初の一音を皮切りに、辺りの木々がザワザワと風もないのに不自然に揺れ始める。
沈みそうになっていた意識が引き上げられる。
危機感知。空腹以上にヤバい事態が起きていると、全身の肌で感じた。
『ヒトだわ』 『いやだ』『またなの』 『……ヒト』
さっきと同じ声があちらこちらから反響するように聞こえてくる。だが、認めたくないが、声の出所はラックのすぐ背後のようだった。
冷たい汗が頬を伝う。
伝うほどの水分がまだあったんだな、と腰が抜けて動けなくなってしまった事実から目を背けようとするが、それで現状がよくなる訳ではない。
暫くざわついていた周囲が、ピタリと静かになる。
漠然としていた気配が明確な意思を持って、首筋へとにじり寄る。
「殺さ……なきゃ!」
高速でしなる鞭のようなものが首筋を掠め、パラパラと金の髪が湿った地面に落ちた。
座ったままの姿勢から飛びのいたからか、振り返る際に体制を崩して尻もちをつく。今までラックが居た場所には、咄嗟に投げた荷物が無残な姿で転がっている。
その近くには樹木で形作られたヒトのような生き物が、長く垂らした指を不思議そうに見つめていた。
古木の虚のような底知れぬ瞳がラックを捉える。仕留めそこなった事に気付いた木の生き物は、伸び縮みする指をこちらにゆらりと向けた。しなやかな蔓の指は、意志を持った個の生物のように身震いした。
「・・・・・・ッ!」
「スト――ップ!!」
喉の奥で縮こまっていた声を無理矢理引き出す。
「ストップ! フリーズ! 待って!!」
――思考停止はそのまま生命停止だ。考えろ、ラック。お前は死なないんだろ?
幸い、植物の化け物はラックの言葉に興味を示したのか、指を突きつけたまま首を傾げたような格好をしている。さっきもこの化け物は意味のある言葉を発していた。獣よりは話が出来そうである。・・・・・・それが良い事かはまだ分からないが。
「俺など殺す価値もない!と思う!!」
「カチ? なに?」
つるりとした木の肌の、ヒトと同じ位置にある口が動いた。だが、そのタイミングは少しばかりズレていて、まるで芸人の腹話術のようだった。前から届いた声が、一瞬遅れて背後からも響く。
見るからに植物を元に進化した生き物だろうし、周囲の木々と同調しているのかもしれない。
深緑のツタと、木の幹が出鱈目に絡み合った異形の生物だが、よくよく見ればその姿は女性のような体型を形作っていた。落ち着いて観察してみれば、意外と美人に見えなくもない。
自分と同じように話す「女」であるなら、女性を口説き落とすのは……
「殺すわ」
(得意分野だっ!)
「僕は……君の美しい手にかかって死ぬんだな」
彼女の殺意が突き刺さる前に、根っこのような薄緑の指にそっと触れた。
硬くザラザラした指先は鋭く尖っており、心臓を突き刺すぐらいは容易く行えそうである。想像しただけで、鳥肌が危機を知らせてくる。
――冗談じゃない。 俺は“Luck”だ。
「まるで森の精、いや女神か。女神の御手を僕の血で汚してしまうなんて、なんて僕は罪深いのだろう。悔やんでも悔やみきれない。嗚呼、叶うなら君に出会う前の時間に戻って、自ら命を絶ってしまいたい。君との出会いは僥倖だ。どうか、凶行へ及ばんとするその手を胸中へ納めてもらえないだろうか」
心にもない言葉を次々と引き出す。
目の前の植物女は聞いているのかいないのか、底なし沼のようにどんよりとした空気を纏ったまま視線を漂わせている。
(やっぱり駄目か?)
「美しい......女神......後悔......」
諦めかけたその時、黙っていた植物女がぼそぼそと単語を繰り返しだした。明らかに先程までとは様子が違う。
「独白、毒吐く、私たちは個体であり総意......共通意識......もうひとり、はコイを学習した。
そして、後悔した」
「後悔! なんて苦しい。 私は知りたくない!」
「な……?」
言っていることはよく分からないが、先程のラックの言葉に引っかかることがあったのか、植物女は激しく身をよじり蔦の髪を振り乱しだしている。目の前にラックが居ることも忘れてしまっているように見える。
なんにせよ、今がチャンスだ。ラックは物音を立てないよう、早急にその場を立ち去るのだった。
+ + +
「も、もう大丈夫だろうか」
走ってきた方向を見渡しても、先程の植物女はどこにも見えない。追ってくる気配もなかったし、どうやら、上手く逃げることが出来たようだった。
逃げる時は必死で忘れていたが、腹は減ってるし、その所為か頭痛はするわ気分は最悪である。
「荷物も置いてきてしまったな……」
「大事なの?」
「ああ、あれが無いと宝を見つけても持てない。本末転倒だ」
食料は既に尽きていた。更に水も飲みきっていたが、水場さえ見つかれば補給はできただろう。それに財宝を見つけても袋がないのでは、満足に持ち帰ることが出来ない。あの状況では置いていくしかなかったとはいえ、どうしたものか……。
「そう、大変だね」
「ああ…………ん?」
柔らかそうな茶髪に二カ所だけ金髪に染まったショートヘアの少女が一人。横から覗き込むようにラックを見上げていた。
(子供!?こんな所に!?)
「君は一体……にゅっ!」
また化け物の類かと疑っていると、不意に小さな指で頬っぺたをつつかれた。
少女の両頬には髭のような2、3本の白い線が入っている。大きなV字の襟をした変わった服を着ているし、この森を守る原住民か何かだろうか。
頬を引っ張ったりつつかれたり、ぐにぐにと遊ばれているが、敵意は無いようだ。少女の行動は珍しいものを見つけた子供そのものだった。
「不思議。悪い人なのに白だ。でも、きらいじゃない」
「う、うむ。 ありがとう。 お嬢さん」
どうしたものかと困っていると、頬を引っ張るのに飽きたのか、指を引っ込めて今度は自分のヒト差し指をぺろりと舐めた。
ぼんやりとした表情からは、いまいち何を考えているのか分からない。子供の扱いは苦手な方ではないが、この少女は村の子供たちとは雰囲気が違う。無垢で純粋な精神のまま、長い時を重ねてきた子供。そんな考えが頭を過ぎった。
「あなたなら、イヴを元気に出来るかも」
少女の鮮やかな赤い瞳が真っ直ぐにラックを見据える。
イヴ、とは誰だろう。 初めて聞く名前なのに、何故だか胸が高鳴った気がした。
「うたを、きいて。 イヴの」
「歌?」
「そう。 きこえてる。 今も」
先程から周囲からは鳥の鳴き声すら聞こえない。少女の言う歌は聞こえなかった。だが、少女が冗談や悪戯で言っているようには見えない。
ラックには聞こえないが、確かに今「イヴ」は歌っているのだ。そう思わされた。
「どうやって聞けばいい? 俺には何も……」
「おねがい。黒くて白いヒト」
言うだけ言ってしまうと、少女はふわりと浮かぶように跳んで離れてしまった。
「きいてあげて」
最後に一言呟くと、少女は瞬きの間に体長50cm程の直立した黒い鳥へと姿を変えた。そして、少女だった鳥は木々の影に隠れたかと思うと、光虫のような淡い光を残していなくなった。
あの鳥が噂に聞く森の妖精だったのかもしれない。
「黄金の森で聞こえる“イヴ”の歌、か」
宝の匂いがする。ツキが向いて来たのかもしれない。
思わずにやけてしまいそうな口元を抑えながら、ラックは森の探索を再開した。
+ + + + +
もう少し続くんじゃ http://d.hatena.ne.jp/rindou-uyu/20141206/1417878105
天花ー白銀と花嫁
前回までのあらすじ
樹の生き物に襲われたラックだったが、運良く窮地を脱することが出来た。代償に持っていた荷物をすべて失ってしまうが、唐突に表れた謎の少女のおかげで、宝の手がかりらしきものを聞くことが出来た。「イヴの歌」を求め、青年は尚も彷徨う……。
http://d.hatena.ne.jp/rindou-uyu/20141206/1417873960
「も――――だめだしぬ」
“森の妖精”に出会ったのが朝方。
それから散漫になりそうな意識を集中させて、歌が聞こえないかまる一日探して歩いた。だが、歌どころか動物にも出会わない。昆虫ならその辺の木の樹液を啜っているのだが、彼らに聞いたところで当然、返事は無い。
辺りはすっかり暗くなり、葉の隙間からは丸い月が覗いていた。荷物を置き去りにした為、灯りもない。
ラックは幹にもたれ掛かって、ぼんやりと空を見上げた。薄手のボロずぼん越しに湿気が伝わる。じわりと湿った地面の不快さを気にするほどの気力はもう無かった。
「月とはどうしてこうも、美味しそうなのだろうな」
伸ばした手は月には遠く、ツキに見放された男は力なく項垂れた。
宝は見つからないし、命は風前の灯火だ。だというのに、ラックの心は不思議と安らいでいた。ダグは怒るかもしれないが、宿に残してきた品を売れば多少は金になるだろう。…………未練があるとするなら、一つだけ。
「イヴ」
その名前が、棘が刺さったように、甘い痛みと共に消えない。
イヴ。君はどこに居る?
視界が霞み、腕の筋肉が限界を訴えた。瞼が異様に重い。
微かに聞こえていた虫の鳴き声も遠ざかっていく。
灰色になった無音の世界で、彼が考えていたのは、まだ見ぬイヴの事だけだった。
――聴こえた。
それは森に満ちる命の囁きに隠されて、密やかに、ささやかな想いの乗った歌声だった。
指一本動かすことも出来なかったラックが、その歌声に新たな生を与えられたかのように、起きあがってその声を逃がすまいと耳を澄ませた。
空腹も、身体中の痛みも忘れて、聞こえてくる歌声だけに意識を集中させた。今まで邪魔ばかりしてきた草木も、心なしかその方向へ導いてくれているような気がした。
歌に誘われて、そっと木々の合間を抜け、ラックは見たこともないような美しい光景を見た。
まだ月の晩だというのに、ラックの前に広がる泉は、ふわふわと浮かぶ光のおかげで明るかった。無数の光は、中心に立つ人物を慕うように、唄に合わせて舞っていた。
――ねむれや 天のきら星かぞえ
夢のなかで こちらへおいで 私の唄がきこえたら
ここは寂し ひとり
天から降り注ぐ毎夜の月光に声があったなら、このような声なのだろうか。或いは、日光に照らされる朝露が音楽を奏でていたなら、こんな唄だろうか。
彼女が動く度に、絹のようにつるりとした白い肌が見え隠れする。緩やかに一回転すると、彼女の長い銀髪が扇のように広がった。
大樹から流れる水は泉に注がれ、周囲を飛ぶ光を反射してきらめく。そして、その光は泉の畔で唄う女を一層輝かせた。
唄えや お日様 身に浴びて
森をぬけて こちらにおいで
手を取り ふたり――
唄の最後、慎ましやかな所作で踊りに誘うように彼女は手を差し出した。ラックは反射的に自らの手を重ねた。すると、彼女は驚いたように肩を震わせ、途端に恥ずかしそうにもじもじと頬を真っ赤に染めた。
警戒する小動物のように恐々と、しかしあくまで友好的に、ラックを見上げながら彼女は言った。
「あ、あのぅ……どなた?」
ラックは答えない。
目の前の光景が夢にしか思えなくて、彼の思考は完全に止まっていた。
たっぷりと時間をかけて、やっと彼女に話しかけられているのだと気付いたラックは、耳まで赤くした顔のままで口を開いた。
「たった今、名前は捨てた」
そもそも「ラック」とは本名ではない。
本当の名前は別にある。だが、ラックは本名が好きではなかった。
何を思って両親が名付けたのか、口減らしに捨てられた今となっては分からないが、ラックには中途半端な名前に思えて仕方なかった。だから、彼は「幸運」と名乗った。ツキの無い人生を、本名と共に捨てるように。
そして今、ラックは彼女に出会った。これ以上の幸運など要らない。
そんな彼の事情など知らない彼女は、少しだけ眉尻を下げて微笑んだ。
「けれど、名がなくては困ります」
彼女は添えられた男の手を払うことなく、もう片方の手で覆うように触れた。
「白銀、アージェント。
そう呼ぶことにしましょう。白銀のように美しい月の夜に出会ったから」
彼女の艶やかな銀の髪が揺れ、差し込む月光に照らされた顔が輝く。その輝きはアージェントと名付けられた男にのみ注がれている。
「私はイヴ。あなた方が太陽竜と呼んでいる存在です。
会えて嬉しいわ。 愛しい、我が子」
イヴの話した言葉の大半は、彼にはきちんと理解できていなかった。
初めてイヴを見た瞬間から、彼女の指の動き、流れるような銀髪、水晶のような額のツノ、そして総ての愛を包容したイヴの笑顔から目が離せなくなっていたのだ。
天上の女神。金の乙女。美しき聖女。妖精の栄光。――天の花嫁!
頭の中でいくつもの言葉が浮かび、「違う」と消えた。
彼女は恐らくアージェントやダグのような“ヒト”ではないのだろう。だからこそ、これほどまでに惹かれているのだろうか。
彼は生まれて初めて、言葉が出なくなった。
+ + +
気が付くと、男は森の入り口に立っていた。
手には美味しそうな果物を握らされている。それは確かに見覚えのある果物だった。もがれた後も瑞々しさを失わない、鮮やかな赤色の丸い実。イヴの泉で実っていた果実だ。
「ら、ラック!? お前、生きてたのか!!
ったく、その様子じゃあ収穫なしみたいだな。これに懲りたら真面目に……ラック? 大丈夫か、お前」
「ああ、ダグ。俺はもうラックじゃないんだ。
ところで、言葉を学べるような書物は知らぬか?」
「はあ?」
この日、ダグはラックとの長い腐れ縁を切ったという。
+ + + + +
続きは神の味噌汁・・・・・・もとい、神のみぞ知る。
この後のイヴの所に通い詰めるアージェントと、告白の言葉は変質した形で詩や神話としてサンたちの時代に伝わってます。
タロット
9グラハキャラでタロット描きたい企画
9グラでタロット!
分かりにくくなったので、残りのカードだけ抜き出しました。
04 皇帝 −(Ravenおっしゃん)
15 悪魔 −小者さん(仮)(わんたん
20 審判 −ルソル(うゆ
21 世界 −ウィアドさん(うゆ
00 愚者 −おじさん(かめっち)
カラー:薄い黄色
01 魔術師 −アリオン 完成
カラー:水色
02 女教皇 −マリーちゃん(スピラん)
カラー:黄緑
03 女帝 −ヴィアままん(うゆ)
04 皇帝 −(Ravenおっしゃん)
カラー:
05 法王 −ラフィール様(ぺんたん)
カラー:緑
06 恋人たち −(安子たん)
カラー:赤(桃
07 戦車 −カトラ&アグナ(らしぇたん)
08 力 −シンバル&ルンバ(らしぇたん)
カラー:赤
09 隠者 −レティちゃん(ペンたん)
カラー:青緑
10 運命の輪 −アインスラント組(かめっち)
カラー:赤青
11 正義 −クレイヴとルゥ(うゆ)
カラー:濃い赤
12 吊るされた男 −ネロくん(わんたん)
カラー:濃い緑
13 死神 −エレさん(かめっち)
カラー:灰色
14 節制 −フリードさん(わんたん)
カラー:薄めの紫…いや明るいオレンジ…
15 悪魔 −小者さん(仮)(わんたん
カラー:濃い灰色(赤寄り?
16 塔 −(ぺんたん)
カラー:青灰
17 星 −リースさん!(ゆーさん)
18 月 −セーブル(うゆん
19 太陽 −サンちゃん&ハイジ
カラー:赤寄りのオレンジ
20 審判 −ルソル(うゆ
カラー:紫
21 世界 −ウィアドさん(うゆ
・世界って世界さ!
最後に調整入るかもしれませんが、自由に色塗っちゃってくださいw
白黒の色塗る前のVerも置いといて貰えると助かります。
取り敢えず考えてみたのはこんな感じだよ!
完成したものは太字に変えました。
カラーは白・黒メインで一色だけテーマカラー入れようと思ってます。未定です。
タロットサイズは350×600px
保存形式は png でお願いします!
服装は世界観から外れていなければ何でもOKです。あまりにも現代っぽすぎるのはNGかな?
タロットの枠は↓クリックで飛んでタロットフォルダに他のも入ってます。
綴り間違い等ありましたら、教えてもらえると助かります。修正しますので。
何度も確認しながら入れたから大丈夫……だと思いたい。
一応、締め切りは 2月中! です。
間に合わせたい! 間に合うと信じてる! でも楽しむ心は忘れない!